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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2776号 判決

控訴人 被告 大協産業株式会社

訴訟代理人 池谷信一

被控訴人 原告 四宮政明

訴訟代理人 白石信明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は被控訴代理人において訴外亡大塚甚之助がもつていた控訴会社の株式は全部で三百株であつた。と述べ、控訴代理人において右事実を認める。尚原審は株式会社の株券発行の合理的期間経過後においては株券の発行がなくても株式の譲渡は会社に対しても効力を有すると解釈して控訴人に敗訴の判決をしたのであるが、これは法律の解釈を誤つたもので、会社が不当に株券の発行を遅延する場合には株券発行交付の請求権、損害賠償請求権があり、その権利の行使に多少の不便、不利があるとしてもその為株券発行準備の合理的期間経過後は株券の発行がなくても株式の譲渡は会社に対する関係においてその効力を生ずるものとは解し得ないのである。(最高裁判所昭和三十三年十月二十四日判決、昭和三十年(オ)第四二六号参照)と附陳した外原判決摘示事実のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

控訴会社が昭和二十二年八月二十六日設立せられた株式会社であり、訴外大塚甚之助は控訴会社の株式を全部で三百株もつている株主であつたが、控訴会社の株券は未だ発行せられていないことは当事者間に争がない。

そして成立に争のない甲第一乃至第六号証の各記載によれば、右大塚甚之助は昭和二十六年三月十六日公証人磯貝惟一作成の公正証書による遺言をもつて右三百株の株式を妻大塚ひさに遺贈し、同月十九日死亡したこと、右ひさは昭和三十三年三月二十二日右株式を全部被控訴人に売渡したこと、同日控訴会社に対して、右大塚ひさは右遺贈を受けたことを理由として株主名簿の大塚甚之助名義を大塚ひさ名義に、又被控訴人は右買受けを理由として右株式につき株主名簿の名義を被控訴人にそれぞれ書換えることを請求したことが認められる。(但し大塚ひさ及び被控訴人から名義書換の請求のあつたことを控訴人は原審第一回の口頭弁論期日にこれを認めたので被控訴人主張の書類が書換請求書に添付されていたことも争わないものとみられる。)しかし株券発行に必要とされる合理的期間経過後における株券未発行株式の譲渡が当該会社に対してもその効力を有するか否かについては学説も下級裁判所の裁判例も分れている。即ち株式は本質上譲渡が自由であるべきこと及び商法第二百四条第一項が「株式譲渡は定款の定に依るも之を禁止し又は制限することを得ず」と規定して株式譲渡の自由を保障していることを重視する立場に立つ者は、会社が株券の発行を遷延することによつて株式譲渡の自由を実質的に制限する結果を招来することをおそれて、同条第二項の規定は株券の発行に必要な合理的期間を経過した後はもはや適用されないものとする。

これに反して、会社と株主との間の権利関係を画一的に明確にすることを重視する立場に立つものは右第二項の規定を無制限に文字通りに適用すべきものとする。

思うに会社が忠実に商法第二百二十六条の規定を守りその成立後又は新株の払込期日後遅滞なく株券を発行した場合は商法第二百四条の第一項と第二項は相まつて権利関係の明確化と株式譲渡自由の両要請を共にみたすことができる。しかし会社が株券の発行を長く怠つた場合は右第一項と第二項とは全く相矛盾することになる。第二項を重視すれば株式譲渡自由の制限に眼をとざす外はなく、第一項を重視すれば株券発行に要する合理的期間経過後において第二項の適用を制限せざるを得ないのである。

今本件をみるに控訴会社が設立せられたのは前記のとおり昭和二十二年八月二十六日であつて今日までに既に十余年を経過し、前示書換請求の時からでも既に一年に近い月日がたつている。(従つて特別の事情の認められない本件においては控訴会社に株券を発行する意思さえあれば、これを発行するに必要な十二分の時日を経過しているものと認められる。)しかも控訴会社は目下清算中(本件記録中の資格証明参照)であるとして清算人によつて本訴を追行しているのである。被控訴人が株券の発行又は損害賠償の請求をするにしても、若し清算が結了に近づいているとすれば、その実質を得る機会を失うに至るおそれも絶無とは云えない。だから被控訴人は株券発行請求権又は損害賠償請求権によつては十分に救済されない事態になる場合があり得ることを否定できないのである。(もし株主数も株式数も少い小規模の会社において、重役、株主などの内紛のため株券が発行されないとしたら、商法第二百四条第二項を文字通り厳格に適用することによつて生ずる弊害は一層増大する。)

商法第二百五条は記名株式の譲渡の方式を定めて居り、株券未発行の場合はこの方式をふむことができないが、これは会社が遅滞なく株券を発行した場合の規定であつて、会社が株券の発行を怠つている場合には適用がないものと解し得るから(なお株式取得者の氏名を株券に記載することをもつて名義書換の要件とする旧規定は廃止されたことでもあるから)、前示規定をもつて株券発行前の株式譲渡を禁止するものと解する論拠とすることはできない。(右の規定をそのように考えても、会社の知らぬ間に株式が譲渡されるのではなく、株券発行前の株式の譲渡については指名債権の譲渡に関する民法第四百六十七条の規定に従い、会社に対して譲渡通知をするか又は会社の承諾があつてはじめてその譲渡を会社に対抗できることになるのだから、必ずしも権利関係の不明確を来たすことにはならない。)株券発行に要するいわゆる合理的期間はもちろん個々の会社の具体的事情に即応してきめられるのであつて、法文上に期限を定められた場合のように明確ではないが、法律が「相当な期間」とか「正当な事由」とかの文字を用い具体的事実に即した決定にまかせている例は少くないのだから、合理的期間という考え方は一概に排斥できないものではなかろうか。

控訴人が挙示する最高裁判所の最近の裁判例は会社の成立後数年を経過してなお株券を発行しない場合ということ以外には当該会社の具体的事情を明らかにして居らず、前示控訴会社の具体的事情とは多少異るものがあるのではないかとも思われる。

かように見てくると、控訴会社の場合は前示のとおり既に株券発行に必要な合理的期間を経過しているのだから、一方に株券の発行を著しく懈怠し、他方にこれを名義書換拒否の理由とすることは失当であつて、控訴会社に対し株主名簿の名義書換を求める被控訴人の本訴請求は正当であるからこれを認容しなければならぬ。

よつて、右と同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴はその理由がないものと認め、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条の各規定を適用して主文のとおり判決をしたのである。

(裁判長判事 梶村敏樹 判事 岡崎隆 判事 堀田繁勝)

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